『127時間』・・・生きる、生き抜く、生き延びる

死に直面した青年が“生きる”ために究極の決断をする壮絶なドラマ。作り話としてなら案外ありふれたシチュエーションかもしれないが、これが実話だというから驚くばかりである。

渓谷の狭い隙間に転落し、運の悪いことに落石で右腕を挟まれてしまったアーロン(ジェームズ・フランコ)が、手元に残された装備を駆使しながら命を繋ぎ生還に至るまでの127時間を、リアルな臨場感とどこか幻想的な回想映像とで一気に見せたダニー・ボイル監督。本作の素晴らしさは監督の演出の巧さによるところが大きいのだが、忘れてはならないのが事実上の一人芝居を完璧にこなしたジェームズ・フランコの熱演である。
思えば2月のアカデミー賞。当時鑑賞済みだった『英国王のスピーチ』のコリン・ファースの主演男優賞に何の異論もない私だが、本作を観終えた今となっては・・・う~ん、どっちもイイなあ。むしろフランコくんのオスカーでもよかったような・・・(やば、コリンファンを敵に回してしまった)。


したかったこと、しなかったこと、できなかったこと・・・。

そうした後悔の念が、妄想、幻覚、回顧となってアーロンの脳裏に浮かんでは消える。死を目前にした人間が不安定に混濁する意識の中で何を思うのか、それらは一見なんの脈絡のない様でもあり実は関連しているようでもあり、とても興味深かった。同時に単調になりがちなストーリーにいろんな意味で含みを持たせていたようにも思う。

ただし、彼が最後にあの決断を下すに至った時、こうした回想は見事に掻き消える。誰にもう一度会いたいからとか、伝えられなかったことがどうとか、そんな思いに動かされて“あの行動”に出るようには描かれない。例えば恋人の名を叫びながらナイフを振り上げるような陳腐な表現はないのだ。そこにあるのは純粋に生きることへの強い意志であり、あくまで自分が生還するという現実を見据えての希望。

切れ味の鈍い小さなナイフでは骨を切れないことを冷静に確認したうえでまずは骨をへし折る。肉を切り裂く過程で触れる神経に身悶えしながらもそれを断ち切る。
そうやって脱出を図っていくアーロンの姿は絵的に正直かなりキツく、少なくともそのテの映像が苦手な私には限界ギリギリレベルのはずなのに、けっきょく目をそらすことなく見入ってしまった。どうしてもそらせなかったのだ。
ここを見ずして本作語ることなかれ、とまでは言わないが、アーロンの決断をすべての鑑賞者にしっかりと見届けてもらいたいものだ。

誰のためでもない、自分のために生還した男の勇気と信念を時に熱く時に繊細に描き切る94分。自分ならどうするだろう。あんなことを思うだろうか。あんなことができるだろうか。そうやって自分自身に当てはめながらの鑑賞でもあった。

観る人の多くが心を揺さぶられるに違いない。傑作。

この記事へのコメント

  • オリーブリー

    こんにちは。

    「生」への執着。
    凄かったです。
    本当にキツイ場面でしたけど、彼は強靭な人物でした。
    個人的には、好みな映画ではなかったけど、フランコ君の演技と見せ方は最高に良かったですね。
    2011年06月19日 17:19
  • ituka

    こんばんは、こちらこそお世話になってます。
    あのスコールのところで水没しかけたのは、一瞬別バージョンかと思ってしまいました^^;
    痛みの感覚をあれだけリアルに表現したフランコくんと
    ダニー・ボイル監督の演出に拍手です。
    これはワタシにとって記憶に残っていく作品になりそうです。
    2011年06月19日 21:26
  • 悠雅

    いえいえ、敵に回されてはおりませんわよ。わたしも、コリンがいなければ、是非彼に1票入れますもの。
    何と言っても、コリンはもう50ですからね。今年獲って欲しかったのです。

    で、この作品。わたしも、ここで目を逸らしたらこの作品をちゃんと観たことにならないと覚悟を決めて、
    できるだけ、しっかりと観ておりました。
    ただ、本当に観ているのが辛くて往生しましたが。

    言ってしまえば、シンプルな筋書きなのだけれど、
    あの内容にも関わらず、映像の美しさやかっこよさ、としっかりと堅実で奇を衒わない脚本、
    それに十二分に応えたジェームズ・フランコの演技は、やはり賞賛に値するものですね。
    ダニー・ボイル監督、ますます冴えた作品を作ってくれました。
    2011年06月19日 23:41
  • SOAR

    オリーブリーさん、こんばんは♪
    「生」への執着に少なくとも思考上の理由なんてものはなく、ただただ動物としての本能なんだなと、そう思わせてくれたダニー・ボイル監督の捉え方に唸りました。
    フランコもスゴイ。
    かの授賞式ではお茶目な印象ばかりが残りましたが、実はあの時こんな素晴らしい演技でノミネートされてたんですよね。クマの被り物の印象しかなくてごめんよ~(笑)
    2011年06月20日 19:43
  • SOAR

    itukaさん、こんばんは♪
    神経について触れる方が意外といないなあと思っていたらそちらに!
    水没のシーン、あれも表現としてはおもしろいと思いました。単純な話なので演出のセンスが問われるわけですが、監督さすがでしたね。記憶に残る作品でした。
    2011年06月20日 19:45
  • SOAR

    悠雅さん、こんばんは♪
    お~、やっぱり悠雅さん食い付いた~(笑)
    スポーツのような絶対勝負ではないし、総合的な判断をするとやはりコリンのオスカーは妥当でしょうね。一方でフランコはこれからこうした賞レースに確実に絡んでくるでしょうから、今後が楽しみになりました。

    そう、映像の美しさ。これポイントかもしれません。例えるなら中島や是枝に近い監督さんのようにも思いました。すごく重い中にごく自然にスタイリッシュな美をはめ込んでしまうような。
    奇を衒ったとすれば幻覚や妄想のシーンでしょうが、それでもストーリー自体はしっかりと堅実でストレートなんですよね。あとはもう主役次第。ジェームズ・フランコ、よくやり遂げたなあ。彼の印象って、私スパイダーマンでのあの役しかないんですよ、恥ずかしながら。彼の株がぐぐっと上がった思いです。もちろんダニー・ボイルも!
    2011年06月20日 19:47
  • みぃみ

    こんにちは~♪。
    既に感覚が無かったり、麻酔もしくは鋭利な物で、スパーンといくものだと予想して鑑賞に行きました。
    なので、一つ一つ段階を経て進行していく様子は、かなりキツかったです。
    とはいえ、手1本にも、数多くの細胞達があるからこそ機能している事を再認識したり、切るにあたっての準備や手当しておくべき方法等も知ったりしながら、「人間(動植物達も含め)としての形」になって、この世に生まれてくる事の凄さを感じ、命って大切なんだよなぁ…と思いました。

    アーロンが見る幻影や夢は、起きている時「こうなってくれたら。」と感じた願望とリンクしていましたよね。
    「思いが強いと夢の中にでてくる。」実生活でも時々あるので「夢枕に立つ」って本当にあるのかなぁ。。。とも(飛躍しすぎですね。すみません)。

    ☆悔いのない人生を☆なぁんて思います(^^)。
    2011年06月21日 13:03
  • BROOK

    自分だったら、どうだろう?
    と、ふと考えてしまいました。
    おそらく切断出来ません・・・。


    凄惨かもしれませんが、
    その先に“あるもの”を感じ取れるような作品でした。
    “生”とはいかにすごいことなのか、観終わった後は爽快な気分に。
    2011年06月21日 14:54
  • にゃむばなな

    ある意味、見る人を選ぶようなこの映画。
    彼のあの選択。最後に感謝の言葉を残してあの場を去る姿が印象的でした。
    2011年06月21日 17:27
  • SOAR

    みぃみさん、こんばんは♪
    最近そちらへのTBがなぜかできなくなっちゃってゴメンナサイね。

    アーロンの妙な冷静さが逆にリアルでもありましたよね。試しに刺してみたり骨を探ってみたり・・・。
    たしかに命の大切さや構成パーツひとつひとつ(本作では腕)の大切さを強烈に感じさせる作品でした。

    家族へのそっけない態度を後悔したり、直前に出会った女の子たちと楽しむはずだったパーティーの様子を妄想したり、意識が遠のく中で彼の脳裏に浮かぶあれこれが興味深かったです。
    2011年06月23日 01:00
  • SOAR

    BROOKさん、こんばんは♪
    生き残るには自ら切らねばならないというシチュエーションはホラーではおなじみですが、ヒューマンドラマとして描かれるとまた違った味わいがありましたね。

    私も多分切れないでしょう。ただ、極限状態で究極の決断を下す心理の予測はつきませんから、私もBROOKさんも、いざとなったらやれちゃうのかも!?
    2011年06月23日 01:01
  • SOAR

    にゃむばななさん、こんばんは♪
    脱出劇の見応えでおなかいっぱいになれる作品なのに、前と後にしっかりとしたドラマを見せてくれた監督。やりますね~。
    あの犠牲は彼にとって感謝に足るものだったのでしょうね。
    2011年06月23日 01:01
  • sakurai

    大丈夫です。世の中、圧倒的にフランコ君ファンの方が多いと思います。
    特におばさんは絶対フランコ君ですよ!!
    かくいうあたしも、当然フランコ君。
    あのシーンにやはり気を奪われがちですが、冷静に状況を分析し、何をどうやったら一番ベストな選択なのか・・ということもキチンとした上での行動。
    いろんな面で、勉強になりました!
    まあ、腕を挟まれることはないでしょうが、行き先は言わないとね。
    2011年06月27日 10:50
  • SOAR

    sakuraiさん、こんばんは♪
    あはは、そうですか~。彼チョイチャラだけど二枚目ですもんねぇ。

    そう、けっきょくこの作品が高評価を得てるのは、あの決断に至る過程、特に彼の思考や心理をものすごく丁寧にかつ興味深く描いているからなんですよね。あのシーンだけが話題になっても評価につながるわけではないし。
    私も一人で急にふらりとカメラ一式クルマに積んで出掛けちゃうことがあるので、せめて誰か一人にはメールしとこうと思いました。
    2011年06月29日 01:08

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