『ポテチ』・・・キリンに乗ってくから!

確信した。伊坂幸太郎作品の映画化は監督・中村義洋、音楽・斉藤和義でなければ成立し得ないことを。
中村×斉藤によって作り出される伊坂ワールドは原作ファンを決して裏切らず、それでいて一本の映画としての魅力に満ちている。このタッグでは3作目となる伊坂ワールド、その素晴らしさを今回も存分に堪能した。
(劇場での鑑賞は『ゴールデンスランバー』に次いで2作目)


「僕、すごいことに気付いちゃったんです」

主人公の今村忠司の序盤のセリフである。それがどんな“すごいこと”なのかを観ている人がどこで気付くかが本作の最大のポイントだと思う。言い換えるならどこまで気付かずに観続けるか、だ。

今村には同棲中の若葉という彼女がいる。で、ある状況下で今村が彼女にポテトチップスを買ってくるシーンがあり、今村が若葉に手渡したのが彼女希望のコンソメ味でなく自分に買ってきた塩味だったことでちょっとした悶着が発生してしまう。もっとも若葉は本気で怒っているわけではなく、「食べてみたら塩は塩でおいしいので、まちがってくれてよかったかも」といった趣旨の発言をするのだが、ここで今村がなぜかはらはらと泣き出してしまうのだ。

原作を知っている者なら若葉の言葉から彼が何を感じ取ったのか、その涙の意味が痛いほど伝わるのでこちらまで泣きそうになってしまう名場面である。ところが、事情を知らずに観ていると、Sっ気のある彼女の一言に気弱な青年がうるうるしている図にも見えてくるわけでこの場面、観る人によって泣きどころにも笑いどころにもなるという映画的に非常に面白いシーンだと思う。

つまりだ。今村が気付いた“すごいこと”とはそれこそ出生にまつわる重要事項。ところがそれが明かされていく前に彼が“気付く”のが今更ながらの「万有引力の法則」や「三角形の内角の和」なので、まずは笑いが先行していくのだ。やがて健康診断、同じ誕生日、同じ病院といったキーワードから一つの可能性が導き出されたとき、観ている者の胸の内に大きな何かがようやく、そして一気に押し寄せてくるのである。


伊坂×中村に欠かせない俳優が濱田岳。今回の彼もとにかくよかった。事情を知らない周囲を戸惑わせるプロ野球の尾崎選手への異常なまでの執着ぶりを熱演。原作の今村のイメージと必ずしも合致するキャラではない彼が、こうもすんなりと今村になり切るとは・・・。濱田の使い方をわかり切ってる中村監督の手腕おそるべし。もちろん濱田岳のウマさあってのことなのは言うまでもない。

今回私が濱田以上に惹かれたのが若葉を演じた木村文乃。「ぶっとばすよ!」が口癖の若葉を、原作から飛び出してきたかのような、むしろそれ以上の勢いで演じていたのではなかろうか。野球に関して冷めている彼女の気持ちが、クライマックスの野球観戦シーンで徐々に高まっていく様子は圧巻。
膝の上でわなわなと震える彼女の握りこぶし。

“そんなもんじゃないだろ” “どうしたんだよ”

今村の想い、彼の母親の想い、今村が慕う男、黒澤の想い、そして打席に立つ選手、尾崎の想い。“すごいこと”を知っている者知らぬ者。ポテチの取り違えで泣き出した命の恩人今村にまつわるそうしたすべてのことを理解した若葉が今、グランドの尾崎に向かって声を限りに叫ぶ。

「野球ヒーローだったんじゃないのかよ!!」

“ホームランなんてただボールが遠くに飛ぶだけじゃん”が持論だった彼女が、直後、尾崎の放ったホームランに立ち尽くし涙する。

「・・・だって、ただのボールがあんなに遠くに」

あ~、この場面、最高だったなあ。読んだときとは違う種類の感動を、中村監督と女優木村文乃のおかげで改めて味わうことができた感じだ。


なにせネタバレできない作品なので核心に触れられないのが何とももどかしいのだが、伊坂幸太郎ファンもケチのつけようがない完璧な映画化なのは間違いない。原作「ポテチ」は「フィッシュストーリー」の中の一編であり、中村×斉藤×濱田で先に映画化された表題作「フィッシュストーリー」も素晴らしい作品である。映画も原作もとにかくおすすめなので未見未読の方はこの機会にぜひ。ちなみに本作で黒澤がとあるカップルを脅すシーンがあるが、ここで引き合いに出すこわーい話は同じく「フィッシュストーリー」収録の一編が元ネタである。
そもそも黒澤というキャラは伊坂ファンにとっては超お馴染みの男なのである。また本作のヒロイン若葉もある伊坂作品に登場しているキャラなので、興味のある方は探してみるのも楽しいかと。

わずか68分に込められた切なくも温かい・・・いや、温かくも切ない人間模様に、私は原作を知りながらも涙を止めることができなかった。伊坂×中村×斉藤。ここに俳優・濱田岳が加わった時、映像作品としての究極の伊坂ワールドが誕生する。映画は長けりゃいいってもんじゃない。

傑作。

この記事へのコメント

  • 悠雅

    おはようございます。ご無沙汰してました。
    きっとSOARさんがご覧になっているはず、とお邪魔したらどんぴしゃり!
    いつもながら、全く、言いたいことを全部綺麗に仰っていただいて感謝感謝です。

    小説を読んだ時の今村のイメージは、やっぱりわたしも濱田くんではなかったけど、
    この役は彼でなければならないくらいによかったですね。
    そうか、それぞれの台詞はこんな間と声音で言ってたんだ、と思ったり。
    長編の大作も伊坂作品の醍醐味だけれど、このお話を映画化してくれるというだけで嬉しかった、
    その期待を満足させて余りある作品でした。
    観終わった時、なんでわたしは1人で観たんだ、
    何で伊坂ファンと一緒に観て、そのまま語り合えないんだ、と悔しい気持ちになりました。
    2012年05月13日 10:36
  • SOAR

    悠雅さん、こんにちは♪
    短編集「フィッシュストーリー」の中で一番好きなのがこの「ポテチ」でした。映画化に向かなそうなこの作品をよくぞといった気持ち、私も同感です。

    伊坂さんが書き上げた構成の妙をアレンジを加えながらも完璧に映像化し続ける中村監督、ホント素晴らしいです。斉藤和義の音楽も伊坂ワールドにぴったりなんですよね。そして毎回みなさん口をそろえて絶賛する岳くん!
    本作でもその存在感に圧倒されました。けっしてオレがオレがキャラでもないのにうまいよなあ。

    例のポテチ取り違えシーンで、横に三つほど離れた席の女性がクスクス笑ってたんですよ。私はもちろん泣きそうだったわけですが(笑)、その後の展開によりあそこが実は泣き所だったと気付いた時、彼女はきっと伊坂幸太郎の真骨頂に感動したんじゃないかなあ。

    映画化に当たり原作ファンが納得する稀有な例でもある伊坂×中村。これに斉藤さんの音楽を重ね、あとは脇でもいいから岳くんを配しての次回作を楽しみに待ちたいところですね。

    伊坂作品をよく知ってる監督だからこその一本。それについて本と映画双方の視点で語れる相手がいるってうれしいことですよね!
    2012年05月13日 11:42
  • にゃむばなな

    あのポテチを取り間違えたシーンで泣けなかったのは凄くもったいないと、今更になって思いましたよ。
    原作未読者にとってはあのシーンは何てことないシーンなんですが、全てを知ってから見るとあのシ-ンが一番泣けるじゃなイカ!
    あぁ~原作を読んでから映画を見るべきだった~。
    2012年05月17日 21:08
  • SOAR

    にゃむばななさん、こんばんは♪
    後になって「そういうことだったのか!」と気付かされる醍醐味もありますよね。で、もう一度最初から観たくなるという・・・。私『ゴールデンスランバー』は未読鑑賞だったので、まさにそんな感じでした。
    予告編を見直してみたというにゃむばななさんのお気持ち、よ~くわかりますよ~。
    2012年05月18日 19:59
  • おくやぷ

    原作を未読でみたので、彼が泣いている意味ははっきりとはわからなかったのですが検査をしたあたりからなにかあるんだろうなあ…と思って観ていました
    彼の事情がわかってからもそういう事情があるんだね…と泣くでなくさめるでなくエンディングを迎えて、曲が流れて歌詞をきいてなんだか一気にあふれ出ました
    人は心にひっかかっていることをなんでもないことのように思って防御しようとすることがありますが、でもあるきっかけで溢れ出してしまう
    曲で崩壊してしまった
    大変なことをなんでもなく、でも忘れ去るわけでなく
    曲にスイッチを押されてしまったなあ…
    2012年05月21日 22:10
  • kira

    こんばんは~★

    原作は全く知りませんでしたが、割りに早い段階で真相には気づき、
    ポテチのシーンでは確信になり、うるうるで
    今村のアノ行動で決壊しちまいました~。

    若葉役の木村さん、今回のクロサワの大森さんも良かったです~!
    SOARさんの記事を読む度、また涙が・・(ノ_-)。
    2012年05月25日 00:53
  • SOAR

    おくやぷさん、こんばんは♪
    エンディングの曲、歌詞まで追ってなかったのですが、なるほど、そうだったんですね。そうそう、泣くでもなく冷めるでもなくという見る側の心境って、まんま彼の心理でもあるんですよね。彼、この事実について大きく動揺はしていますが必ずしも悲しいこととして受け止めてるわけでもないし、必死になって受け入れようとしているわけでもない。
    誰がなんと言おうと自分の母親はただひとり。むしろ今の母親のことこそを気遣っている彼の心のきれいさに打たれました。
    2012年05月27日 01:43
  • SOAR

    kiraさん、こんばんは♪
    観終わってみて気付くのは、わかりやすい伏線の数々。なんだ、あちこちに真相のヒントあったんじゃんって。だからkiraさんのように早々に気付ける方もいるんですよね。これもまた伊坂×中村ならではなんだと思ってます。
    木村文乃は何か月か前のNHKの深夜番組で知って以来気になる女優さんだったのですが、初めてスクリーンで拝見して今後が楽しみになりました。
    2012年05月27日 01:43
  • sakurai

    全部、既読のあとの映画です。
    まず読んでしまうんで。
    で、今回のが一番よかった。
    世界観がきっちり出てた。
    実は私、中村監督をなんとも評しがたくて、一本彼のオリジナルな映画を見てみたいのですよ。
    ぜひとも、そこで手腕が見たいなあと。
    濱田くんがとにかく絶品でしたなああ。彼ならではでしたね。あの味わいは。
    2012年05月28日 22:34
  • SOAR

    sakuraiさん、こんばんは♪
    ゴールデンスランバーやフィッシュストーリーも捨てがたいけど、私もやっぱりコレですかね。

    ああ、確かに。中村監督って他にどんなの撮ってるんだっけと調べてみたら、なるほど原作依存の傾向ありますね。つまりは原作の良さを引き出す才能に長けている方なんだと思いますが、その分オリジナルが見てみたくもあります。
    2012年05月29日 01:14

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